2017 / 12 / 11

写真を昇華させる職人技のレタッチ(宣伝会議)

いすゞ自動車創立80周年の記念広告。写真は2001年第43次観測時のもの。第84回毎日広告デザイン賞 広告主参加作品の部 最高賞。フジサンケイグループ広告大賞 メディア部門新聞最優秀賞。
CD,C=矢部暁、CD=中島祥文、AD・D=林俊美、D=相賀翔太、レタッチ=工藤美樹

左から工藤美樹、林俊美氏(アートディレクター)、中島祥文氏(クリエイティブディレクター)

南極観測船「しらせ」の活動を伝える1枚の写真が新聞紙面を飾った。インパクトあるビジュアルが読者の目を引く。でも、主役はその隣に小さく映る1台のトラックだった。のちに広告各賞を受賞するこの広告はいかにしてできたのか。制作チームに聞いた。

3275枚の個人所蔵の写真から南極らしさを伝える1枚を選択

—南極観測隊をテーマにした、いすゞ自動車の企業イメージ広告です。どのような経緯からこのような作品になったのか、アートディレクターの林さんからお聞かせいただけますでしょうか。

林: いすゞ自動車さんは第一次越冬隊から常時南極に同行して、トラックをはじめとする機器メンテナンスに携わってきました。社会活動に寄与する企業アピールにはうってつけの題材ということから、「南極」に決まりました。でも、あいにく広告用に撮影された写真はなく、過去観測隊に参加された社員の方からご提供いただいた3725枚の写真からピックアップする必要がありました。その瞬間に、これは工藤さんにお願いするしかないと。

—工藤さんは最初に写真を見られてどんな感想をお持ちでしたか。

工藤: 使用することになった写真は、初期のデジカメということもあって、791キロバイトしかない状態。これを新聞広告30段。いけるのか?という不安が…。実際に進んでしまってから「できなかった」とは言えないので、新聞に耐えうるまでの画像にすることが可能なのか、もっと具体的に言えば、ピクセル単位で修復が可能なのか、その検証から始めました。

林: 実はこの写真に決定する前に、完成寸前のものがあったんです。レタッチも済んでいまして。でも写真としての力がもうひとつ足りない。ダメもとで再度関係者に尋ねて出てきた1枚でした。工藤さんに変更を伝えるのは非常に心苦しかったです(苦笑)

工藤: 急な変更や修正は、広告のお仕事ではよくあることですし、それに対応できる体制を整えておくことも仕事だと思っています。林さんともこれまでに様々な案件を経験してきてもいますし、いい広告になるという確信はありました。

—中島さんはこの1枚が出てきたときにはどのように感じられましたか。

中島: 率直にいい写真が出てきたと思いましたね。極寒の南極という感じがよく出ているし、「しらせ」の構図もよかったので。もちろん、写真のクオリティを上げていく必要はありましたが、そこはおふたりの信頼関係とこれまでの経験の蓄積に任せておけばと(笑)

テーブル上に広がるのは数多くの未使用写真。1枚1枚精査して、テーマに合う写真をピックアップしていった。

1メガバイト未満の画像を新聞30段用にレタッチ

工藤: 元の写真はサイズ以外にも、過酷な撮影条件によるノイズ、フォーカスが甘いことなど多くの問題を抱えていたので、ひとつひとつ解決していく必要がありました。たとえば船底の赤い鉄板部分は、別カットから1枚1枚はいで移植しています。管制塔のところの黒い部分、「しらせ」の白い文字はシャープに見えるよう修正しました。吊り上げられている青いトラックも、実はこれが主役ですからしっかり主張するよう調整しています。地面のわだちや背景も、別カットからの移植や合成処理によって補完しています。そのうえで、さらに全体的にノイズを除去しています。

—その間、中島さん、林さんは具体的な指示を出されたのでしょうか。

中島: デザイン担当のクリエイティブディレクターとして、大枠での要望は伝えましたが、あとは一任していました。

林: 工藤さんは、こちらがすべてを言わなくても、制作の意図を理解したうえで、より良くなる提案をどんどんしてくださるので、そこは安心してお任せしています。

工藤: どこをどう修正するという局所的なディレクションではなく、極寒の地における厳しい仕事という大局を提示していただきました。そのことを常に念頭に置きながら作業をしました。たとえば技術としてはノイズをすべて消し去ってきれいにすることはできるのですが、そうすることでドキュメンタリーとしてのリアリティ、極寒という要素も消えてしまうかもしれない。どこを残して、どこを修正するのか、その判別をしなくてはなりませんでした。話はちょっと変わりますが、アスリートの写真をレタッチするときには、一番のアピールポイントである筋肉には手を入れません。この写真でも同じような基準で、修正の可否をひとつひとつ判断しています。

林: そうしたことまで考えてくださるレタッチャーは多くありません。

中島: 工藤さんはビジュアルに関してのディレクターですからね。

工藤: 爆弾処理班ともいいますが(笑)

広告賞の受賞は予想外 成功要因は共通の価値観

—広告は掲載後に話題を呼び、広告賞も受賞されました。こうした展開は予想されていましたか。

林: 質実剛健とでもいいますか。クライアントから求められている広告はできたと思いましたが、賞を取るとは想像もしていませんでした。そんな野心もありませんでしたし。

—ビジュアル面からみて、今回の広告成功の要因はどこにあったのでしょう。

中島: ドキュメンタリーフォトの良さについて僕の中にある価値観、林さんの持つ価値観、工藤さんの価値観、それがほとんど共通していたことがこうした結果につながったのだと思います。広告発表後はちょっと話題になりましたし、これからもおふたりの活躍に期待しています。